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最高裁判所第一小法廷 平成11年(許)18号 決定

抗告人

甲野雪子

右代理人弁護士

城後慎也

相手方

乙山月子

相手方

乙山太郎

右両名代理人弁護士

荻原統一

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

抗告代理人城後慎也の抗告理由について

内縁の夫婦の一方の死亡により内縁関係が解消した場合に、法律上の夫婦の離婚に伴う財産分与に関する民法七六八条の規定を類推適用することはできないと解するのが相当である。民法は、法律上の夫婦の婚姻解消時における財産関係の清算及び婚姻解消後の扶養については、離婚による解消と当事者の一方の死亡による解消とを区別し、前者の場合には財産分与の方法を用意し、後者の場合には相続により財産を承継させることでこれを処理するものとしている。このことにかんがみると、内縁の夫婦について、離別による内縁解消の場合に民法の財産分与の規定を類推適用することは、準婚的法律関係の保護に適するものとしてその合理性を承認し得るとしても、死亡による内縁解消のときに、相続の開始した遺産につき財産分与の法理による遺産清算の道を開くことは、相続による財産承継の構造の中に異質の契機を持ち込むもので、法の予定しないところである。また、死亡した内縁配偶者の扶養義務が遺産の負担となってその相続人に承継されると解する余地もない。したがって、生存内縁配偶者が死亡内縁配偶者の相続人に対して清算的要素及び扶養的要素を含む財産分与請求権を有するものと解することはできないといわざるを得ない。

以上と同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。原決定に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官藤井正雄 裁判官小野幹雄 裁判官遠藤光男 裁判官井嶋一友 裁判官大出峻郎)

抗告代理人城後慎也の抗告理由

民事訴訟法三三七条二項は、許可抗告の申立に対し、抗告を許可すべき場合の一つとして、高等裁判所の決定が「法令の解釈に関する重要な事項を含むと認められる場合」を掲げている。

ところで、本件原決定(高松高等裁判所平成一〇年(ラ)第四六号、以下「原決定」と言う)にかかる事件の法律的争点は、第一点が、内縁の夫婦関係が、当事者の一方の死亡により解消した場合に、他方(本件の場合内縁の妻)が死者(本件の場合内縁の夫)の相続人に対し、民法七六八条の財産分与制度の規定を準用ないし類推適用して財産分与の請求をなし得るか、ということであり、第二点は、右財産分与請求をなし得るとしても扶養的要素としての財産分与についてまで右相続人に対して請求をなし得るか、ということである。

そして、右第一点は民法七六八条の準用ないし類推適用の許容範囲の問題であり、右第二点は同条所定の財産分与請求権の内容と法律的性質をいかに解釈すべきかの問題であるから、これらが前記民訴法三三七条二項にいう「法令の解釈に関する事項」であることは明らかであり、またこの結論がどうなるかは、一人本件のみならず同種事案について多大の社会的影響を及ぼすものであり、原決定が法令の解釈に関する「重要な事項を含んでいる」ことも、また明らかである。

以下に、その理由を詳論する。

一 前記争点についての原決定の要旨は、次の三点である。

① 内縁夫婦の一方が死亡することによって内縁関係が消滅した場合は、法律上の夫婦の一方当事者の死亡による婚姻解消と同視すべき場合にほかならず、これをもって法律上の夫婦の離婚による婚姻解消と同視することはできない。

従って、右の場合には(離婚、即ち婚姻の生前解消についての規定である)民法七六八条の規定を準用ないし類推適用すべき根拠があるとはいえない。

② 民法八九〇条(「配偶者」が法定相続人であること)、同九五八条の三(特別縁故者への財産分与)、借地借家法三六条(内縁夫婦の一方に相続人なきときの他方の借家権の承継)の各規定の趣旨に照らし、現行法は、相続関係における内縁夫婦の保護内容を法定相続人の相続権と抵触しない限度にとどめたものである。

③ 内縁関係が一方当事者の死亡によって終了した以上、その性質上一身専属的な義務である離婚後の扶養義務が死亡内縁配偶者の相続人に承継されるとみる余地はなく、従って、本件において「離婚後の」扶養の必要性を根拠として財産分与請求を認めることはできない。

二 〈省略〉

三 次に、原決定の、本件争点についての前記(第一項)の論旨①および②について検討する。

1 論旨①について

原決定は、内縁の死亡解消は死亡による婚姻解消と同視すべき場合であるから、婚姻の生前解消(離婚)についての規定である民法七六八条を準用ないし類推適用すべき根拠がない、と結論する。

右は、前記した消極説、即ち、現行法は夫婦の財産関係を、離婚解消の場合には財産分与制度により、死亡解消の場合には相続制度により処理しようとしているのであって、内縁の死亡解消の場合に財産分与を準用することは、死亡解消の場合の夫婦の財産の清算を法律婚夫婦についても相続とは別個の制度で処理する道を開くこととなり、これは現行法体系を崩すことになる、との立場の一展開と考えられる。

しかし、前掲二宮教授も言っているように財産分与と相続権と言う二つの制度の体系上の振り分けは、二つの制度が整っている場合の問題である。現行法が予定していないのは法律上の夫婦の死亡解消の場合に財産分与を適用することである。内縁の死亡解消の場合に財産分与を認めるのは、相続権がないことによって生じる不合理、不公正な結果を防ぎ、共同生活者の利益を守るための方法であって、これを内縁に認めたからとて、法律婚の場合にもこれを認めることにはならない(そもそもその必要がない)(同旨、前掲人見論文九二頁)。

原決定が、内縁関係にも可能な限り、法律上の夫婦と同様の保護を与えるべきことを是認しながら(原決定九頁八行目以下)、婚姻届が行われていない以上「相続する地位を認めることはできない」(同九行目以下)などと説示しているのは、前記した積極説の立場から的はずれな立論と言わざるを得ない。

2 論旨②について

原決定は、民法八九〇条、九五八条の三、借地借家法三六条を援用して、「現行法は内縁関係の保護内容を法定相続人の相続権と抵触しない限度にとどめた」(一〇頁七行目ないし八行目)とか、「民法等の関連法令は相続関係における内縁夫婦の保護内容を法定相続人の相続権と抵触しない限度にとどめた」(一一頁九行目、一〇行目)、と説示する。

しかし、前記積極説も、生存内縁配偶者に相続権があることまで主張するものではないし、原決定の援用する民法九五八条の三は、むしろ、「相続人のない場合の」生存内縁配偶者の保護方法を積極的に明定したものと解され、また借地借家法三六条は、賃貸人という第三者が介在する契約関係における、賃貸人、賃借人相続人および内縁の配偶者の三者の関係の法的安定性の確保の観点からの規定と解すべきであって、相続人を特に保護することに主眼を置いたものと解すべきではない(相続人がある場合でも居住者たる生存内縁配偶者を、相続人との関係で救済する判例法が一方に存在していることは周知のとおりである)。

また、前記のように、原決定が「相続関係における内縁夫婦の保護内容」と述べていることも、理解し難い。生存内縁配偶者は相続人ではないのであるから、「相続関係における…」との立論は論理矛盾であろう。問題は「相続人と相続人ではない生存内縁配偶者の利害の調整」について、どのような立場を採るかなのである。

四 次に、原決定の前記要旨③について検討する。

1 原決定は、要旨①と②により、そもそも内縁の死亡解消の場合には民法七六八条の準用ないし類推適用は認められないと結論しておきながら、要旨③で、「その性質上一身専属的な義務である離婚後の扶養義務が死亡内縁配偶者の相続人に承継させるものとみる余地はないから、本件において離婚後の扶養の必要性を根拠として財産分与請求を認めることはできない」と説示しているが、この論旨の原決定における位置付けはどう理解すべきであろうか。要旨①②と要旨③は並列的関係なのか、要旨③は仮定的なもの(つまり生存内縁配偶者に一般的には民法七六八条が準用されるとしても、という)なのか明快ではない。

2 しかし、いずれにしても、原決定は民法七六八条所定の財産分与請求権の性質、内容についての解釈を誤ったものである。以下にその理由を述べる。

イ 財産分与請求権の性質が、夫婦の共同生活中の共通財産の清算、離婚(内縁解消)後の扶養、さらには離婚(内縁解消)に起因する損害賠償という複合的要素が融合した一個の請求権であることは、今日の通説、判例である(例えば、前掲太田論文三三六頁、人見論文八六頁など)。

そして、内縁保護についての、各種の社会立法の進展もあって、今日では財産分与請求権の主たる要素は清算的要素よりも扶養的要素を重視するべきとの考え方が強調されつつある(前掲太田論文三三六頁)。

このような、学説、判例の進展の中で、財産分与請求権全体、あるいは少なくとも扶養的要素の部分は一身専属的な権利義務関係と捉えてその相続性を否定する見解は、財産分与制度が離別配偶者の保護を目的とするものであることを没却した、概念法学のそしりを免れないであろう。

事実、扶養的要素を含め財産分与の権利・義務に相続性を認めるべしとの見解が実務上も学説上も有力になりつつあるといえる(前掲人見論文八七頁。なお、橘勝治判事は財産分与請求権は扶養の趣旨を含むものであるときは本来の請求権者が死亡した時は、その分は減額されるが、財産分与の義務は扶養の趣旨を含む部分も含め相続されると立論している―「家事財産給付便覧」新日本法規、四四頁)

ロ 以上のように、財産分与の権利・義務が(かりに扶養的要素の部分は片面的にせよ)相続されるとすれば、内縁の死亡解消における生存配偶者からの死亡配偶者の相続人に対する財産分与請求を認める立場からは、右相続人に対し扶養的要素を含め財産分与請求を認めることが当然帰結されるのである(前掲二宮論文のうち判例タイムズ七九四号五七頁は「(生存内縁配偶者の)生活保障…に対応できるのは、離婚の際の財産分与の規定の準用だけである。財産分与には…離婚後扶養も要素としてふまれているからである」と述べている。前掲太田論文三三七頁も同旨。また、審判例では前掲大阪家審昭和五八・三・二三が同旨)。

なお、申立人代理人は、右の学説審判例とは別の観点から、原決定を批判したい。

そもそも、財産分与請求権に清算的要素があるといい、扶養的要素があるといっても、これら各要素は峻別できるものであろうか。夫婦の共同生活が長期に亘っていても、夫名義の財産の取得や維持に対し妻の寄与が明確に(直接的に)立証できないケースは多々あり得るであろうが、実際の問題としてこれらの財産について妻の貢献が全くないなどということはあり得ない筈である。

相続法は相続配偶者に対しては、寄与分が認められない場合でも、法定相続分によって妻の貢献を評価しているが(その評価には生活保護の要素もある)、財産分与もこれに対応して考えれば、扶養的要素と言っても、前記のような貢献が直接的に立証できない場合、つまり共有財産の清算の範疇に入りきれない貢献を評価する一つの方法という側面があると考えるべきである。

そうだとすれば、財産分与の中味を清算的要素と扶養的要素に「分解」して扶養的要素だけは一身専属的権利だと考えるのは、余りにも概念的であろう。要するに、財産分与請求権の内容を清算的要素、扶養的要素から成るものと解するのは、財産分与の方法や金額の算定に当たっての基準とするためであって、清算請求権や扶養請求権という各別の請求権が存在すると考えるべきではないのである(前掲人見論文八六頁が「複合的要素が融合して一個の財産分与請求権となっている」としているのも、このような考え方ではないだろうか)。財産分与における扶養的要素は婚姻継続中の協力扶助義務や夫婦以外の親族間の扶養義務(民法八七七条)とは性質を異にするもの、つまりこれらの義務が一身専属的なものとされることとは、別次元のものと考えるべきである。

以上のとおりであるから、原決定には民訴法三三七条二項所定の「法令の解釈に関する重要な事項」が含まれていることは明らかであり、かつ、原決定の法令解釈には誤りがあり、これが裁判に影響を及ぼすことは明らかであるから、原決定は破棄されるべきである。

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